私が開院した理由

 

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 少し自己紹介をさせていただきます。

幼少期~

 

昭和45年の12月に京都市で生まれ、『とてもかわいい
赤ちゃんだった』と母が言っていました。(親バカですね。でもありがたいです。)

 

イタリアン

小学校を卒業するころにはパンが大好きだったので
将来はパン屋さんになりたいと思っており、その後、
中学校で進路を決める時には高校に行かずイタリアンのシェフになると決めておりました。

しかし、高校だけは出ておきなさいと親や先生の勧めで高校に行き、高校3年間で医療の方にも興味が出てきたので食と医療を兼ね備えた栄養士になると決めました。

 

高校を卒業し、京都栄養士専門学校に入学。そして卒業し病院で
栄養士として日夜勤務に励みました。

 

実務経験を積み、3年後、国家試験に合格。

 

栄養士としては最上の管理栄養士になり、病院で臨床栄養・減量、
スポーツ施設でスポーツ栄養・ダイエットと合わせて10年間勉強してきました。

 

またその時、健康運動指導士の資格もとり、健康には食事だけでなく
運動の重要性をも指導していました。

健康維持のために、健康回復のためにも適度な運動や食事・
水に気をつけ十分な睡眠をとることはとても大切です。

 

そんな栄養士の仕事に携われて、

 

それなりにやりがいはあったのですが、少しずつ何か
物足りなさを感じていくようになりました。

栄養士

 

それは、病院ではお医者さんが一番。 痛みをとってあげる、病気を治してあげるという事は、栄養士にはできません。

 

医師の指示のもと、食事の管理・指導をしてあげることぐらいで、
まだまだコメディカルスタッフの栄養士には、泣いて喜ばれるぐらい
「ありがとう」と言われることはありませんでした。

 

自分はもっとできるのではないか?


もっと人の役に立てるのではないか? 


という思いが強くなり、もっと多くのありがとうを言っていただきたくて、
12年前に整体師の道に入りました。

開業して7年、整体を通して皆さんのお役にたてることによって


「先生、ありがとう。」
「先生の言う通りにしたら治った。」


など嬉しいことが当たり前のような日々であり、そしてついには
長年の痛みがとれたと泣いて喜んでくれた方もあらわれるよう
になりました。

患者さんと握手

 

「先生がいてくれたから・・」

この言葉は本当に嬉しかったです。

 

 

苦労しました

 

今でこそプロの治療家としてある程度の結果が出せるようになり
ましたが、ここに来るまでは挫折の連続でした。

 

一つ壁を乗り越えたかな?と思ったらまた次の壁が出てきて、
『なぜ、治らない?わからない…、いつまでこんな日が続くの??』
っといった具合です。

 

結果が出せない時には、落ち込んだり、誤魔化したりといろんな
葛藤がありました。

 

そのような中、恥ずかしい話しなのですが、情けなくて人知れず
涙を流すこともあったんです。

でも、そのおかげでこの仕事の価値を深く知ることが出来ました。

 

病院などで治らなくて困っておられる方々の助けとなるべく
どんな難解な症状や痛みでもより少ない施術で回復へと導くことを
目標に自分が一生をかけて取り組める仕事だと思っております。

 

 

 

今でも更なる達成感を求め、

 

探究心から全国におられるゴッドハンドと言われる先生方と
ご縁をいただき技術や理論のご指導をいただき日々進化しております。

 

『からだ回復センター京都城陽』はこれからも、あなたの身近な
治療院であります。

 

来て頂いている皆様への責任として、これからも発展・進化し続
けると共に、地域一番店の自負と過信を胸に皆様から愛される
治療院であり続けます。

大勢の患者さんとの写真

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